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【基調報告を読み上げる島野氏】

11・23反空港全国集会inしずおか

                   基  調  報  告

 空港はいらない静岡県民の会 島野房巳

 日本経済は今や、抜け道のない、八方ふさがりとも言うべき状況に陥っています。こうした日本
破産の状況を招いたのは、偏に、貧困極まる政治と、無責任な官僚や大銀行経営者たちの責任
です。そして、「淘汰されるべき企業の市場からの退場」として、どれほどに達するか見当もつかな
い多くの企業が倒産に追いやられ、ますます多くの失業者が巷に溢れようとしています。


 これに対して私たちが抵抗し主張すべき課題は山ほどありますが、中でも最大のものは、税金
のムダづかいをすべてやめることであり、一部の企業と中央・地方の政治家のフトコロを肥やす
だけの無益な公共事業を、即時中止することであります。政治家が利権あさりと利益誘導をことと
する公共事業に、幻の景気回復を掲げてバブル崩壊後も何十兆円もの予算を上乗せし続けたこ
とは、「失われた十年」を決定的にした最大の愚行でした。ムダな公共事業に湯水のごとく税金を
注ぎ込み続けることは、まさに「亡国」を一層促進する以外の何ものでもないことは、どれほど強
調しても強調し過ぎることはないはずであります。

 
巨大な税金ムダづかいが目に余る公共事業の一つとして、各地の高速道路、ダムや干拓事業
等と並んで空港の建設があります。

 旧運輸省は建設省および農水省と合わせて公共事業の大半を所管してきましたが、そこでは、
権力の独善と横暴が遺憾なく発揮されてきました。その頂点をなすものが新東京国際空港の建
設にあたっての用地の選定であります。成田の農民は自分たちのまったく与り知らないところで
空港建設が取り決められ、有無を言わさず建設が進められました。狂暴な国家権力との対決は、
権力の思いあがりに対するやむにやまれぬ抵抗でした。


 国も最後は、力づくによる土地の取りあげが誤りであったと大臣が頭を下げましたが、これが
本当の反省と謝罪であったかどうかは、今もって定かではありません。成田の第二滑走路は暫
定的なものとされています。国はあの「くの字」型の誘導路を直線化し滑走路を延長するために、
いつ強制力による用地取得の挙に出ないとも限りません。「暫定滑走路」の空路直下の轟音に
堪える農民の存在を見ても、国の真の反省と出直し・原状回復なき限り「成田の悲劇」は終わっ
てはいないのです。


 思いあがった国は、航空政策と空港整備の施策においても、国民の真の利益とは遊離した、
また国民経済的にも極めて不合理な、場当たり的でその場しのぎ、国民に対して無責任としか
言いようのない方針をとり続けてきました。その最大の露頭が、関西国際空港の建設と、「一県
一空港」とも言われる地方空港の濫設乱造であります。

 関空の埋立地盤の沈降はいったい、どこまで行ったら止まるのでしょうか。あまりにも高い着陸
料は一旦就航した航空会社の撤退を招いています。一期工事の莫大な事業費の膨張は当然、
二期工事も同じ轍を踏むに違いないことを予想させます。それにもかかわらず、当初の計画に
対する反省もなく厳しい批判を無視して二期工事が進められています。


 一方、前後の見境いもなく闇雲に「空港が欲しい」というにも似た地方空港設置の地元の要望
に、運輸族を始め議員どもが群がり、それに運輸官僚の縄張り拡張の欲望が結びついて進めら
れてきた地上空港の濫造は、いずれも、もともと需要予測が著しく過大であったところへもってき
て、路線・運賃の自由化のもとで減便、路線の休廃止が相次ぐことによって、そのムダさ加減が
一挙に露呈された状況となっています。ほとんど軒並みと言っていいほど各地で、毎年多額の赤
字を垂れ流し続ける地方空港は、設置自治体の先見性の欠如、無計画性とともに、族議員と地
元議員らの浅薄な政治感覚と、責任感覚ゼロの行政構造を示して余りあると言わなければなり
ません。


 ひたすら利己的・保身的な価値体系に浸って場当たり的な空港づくりを続けてきた官僚行政は、
アジア各地のハブ空港建設に脅えるとともに空港整備特別会計の破綻に直面して、今やっと、空
港整備の一方策の転換を図っているようにも見えます。「高い着陸料」の問題や、ムダな地方空
港の濫造がそれに拍車をかけていることを直視しない「その日暮らし」の「甘えの構造」が、否応
なく清算を迫られているという形であります。

 しかし、官僚と族議員たちがドップリ漬かってきた「甘えの構造」から彼らが一朝一夕に抜け出
すことができると考えたら、それこそ甘い判断でしょう。現に関空二期工事にしても、着陸料は引
き下げることができるどころかさらに高騰させることが明らかな状況のまま押し進められようとして
います。また、ムダな地方空港の新設・拡張については、各地住民の反対運動や世論のカで、既
に小笠原、滋賀、福井、播磨等の凍結・中止が決まったものの、ムダの中でもその最たるものと
言うべき神戸・静岡の両空港については、着工した故をもって国はまだ縦続を改めていません。


 そもそもこの両空港は、第五次空港整備計画までは「縦続事業」と「新親事業」という二つのグ
ループしかなかったのに、六次空整で新しく「予定事業」といアイマイなグループを設けて無理矢
理押し込んだという、「バブルの二日酔い」のようなシロモノで、国が凍結・中止を決めるには、こ
うした経緯からしても真っ先に槍玉に揚げるべき、まったく「筋の悪い」空港です。

 その上、この両空港は、地域住民の支持がなく住民合意が成立していないことが明白な点にお
いても双壁です。それは、両空港とも、建設の是非は住民投票によって決めようという直接請求
が、法定成立要件を遥かに上まわる有効署名数をもって成立している事実から見ても疑う余地
はありません。


 かつて某中央紙の運輸省抵当記者が私に言いました。「運輸省航空局の幹部に、『誰が見ても
静岡と神戸は要らないじゃないか』と言うと、『それはそうだ。しかし、彼らが欲しいと言うんだから
仕方がないじゃないか』という返事が返ってくる」というのです。これを聞いて私は、ここに国と自
治体の無責任で官僚的な慣れ合いが集約されている思いがしました。

 今、国土交通省の大臣以下幹部たちが、この両空港について、静岡県民・神戸市民が直接請
求をもって示した意思と、知事とか市長とかが代表するとされる汚い意思のどちらを重視するか
は、航空行政における政治家と官僚の「甘えの構造」からの脱却が、果たして本物であるか否か
を見究めるのに絶好の指標と一言えましょう。

 ここで、静岡空港問題の現状について報告いたします。

 静岡空港の設置許可に係る審査過程において、静岡県知事は運輸大臣に対して、用地は県の
責任において全部取得する旨の『確約書』なるものを提出し、運輸省はいわば「念書」を取る形で
設置を許可しました。苦しまぎれの策であります。


 しかしこの念書は当初から、「空手形」に過ぎないことが明らかでした。果たして、県の用地取得
は私たちの反対運動の前に難航を極め、私たち個人と共有の反対地権者は今日なお、空港用地
のうち、滑走路など本体部の核心的部分と、障害切土部分の中心部の多数の箇所において土地
を確保しています。すなわち、私たち反対派はこの空港にとって致命的な部分を抑え、この空港建
設の死命を制しているのであります。県の用地取得率は、航空法が定める設置許可要件たる「用
地取得の確実性」、つまり100%の用地取得に遠く及びません。このため先の国会の質疑におい
ても国交大臣は、「100%の用地取得が達成されない限り先には進めようがない」旨を答弁してお
ります。  

 さらに国交大臣は、−同じく先の国会答弁において、具体的に神戸空港と静岡空港を挙げて、
「パイロットにいささかでも危険のある空港は、なるべくは作りたくない」と明言するに至っています。

 一方、静岡空港の買収対象区域においては最近、広大な障害切土部分と至近の距離にある地
点で、新しく貴重種オオタカの営巣木が確認されました。これは、今後、障害切土の工事を強行した
場合、オオタカの生息に象徴される貴重な生態系の破壊が、紛れもなく決定的なものになることを
意味しています。県はこの事態について、非現実的で実効性のないオオタカ保護対策を掲げていま
すが、その欺まん性は多くの県民の見抜くところとなっています。県はここに至ってまた、重大な難
問に直面した形であります。


 このほか、国交省は全国各地の地方空港の需要予測があまりにも過大なものであった事実の前
に、需要予測の見直しを指示せざるを得なくなった中において、静岡空港についても見直しを求め、
県は現在その作業中でありますが、国交省の方針に照らせばその結果は必ず、大幅な下方修正
となって表われるでしょう。また、知事と県が称する1900億円という事業費は、周辺整備を含めれ
ば既にその大半を費消したにもかかわらず、空港本体部と障害切土部分を合わせた地形改変区
域の造成工事は実質10%程度しか進んでいない事実から、私たちが早くから指摘してきたとおり、
たださえ桁外れの事業費のさらに大幅な膨張が避けられないという実態が、いよいよ白日下に曝
されつつあります。


 このような状況のもとで、国は来年度、着手以来10年を経過した事業として静岡空港も事業再評
価の対象としています。しかし、この事業再評価もその前提たる需要予測の見直しも、逆戻りした国
と県との慣れ合いのもとに
お手盛り″よろしく進行する恐れも少なくありません。このため私たち
は現在、国に対し、事業再評価を待たず来年度直ちに国の補助を打ち切ることを要求するとともに、
県の需要予測の見直しやオオタカ保護の実効性等について厳重に監視を続けているところでありま
す。

 最後に、全国および全県下からここにお集まりの皆さんに、静岡空港建設強行阻止の行動につい
て訴えます。

 この静岡空港は、途方もない税金ムダづかい、決定的な環境破壊、住民の生活破壊等の上に立っ
て、権力と大手ゼネコンが地域住民・国民を苦しめる、誤った非民主的で有害無益な公共事業の典
型であります。これに対して、県下はもとより全国の良識ある人々が強く反対していることに、私たち
は大いにカづけられてきました。

 しかし、静岡県知事は暴逆にも、この理不尽極まる空港建設を、カづくで土地を取りあげることによ
って強引に実現することを企んでいます。これについて私たちは、「県の責任において全用地を取得
する」とした知事の『確約書』を知事みずから反古にすることを認めてまで、国交大臣がまさか、土地
収用に係る事業認定を行うだろうとは考えたくありません。


 その一方で、私たちはまた、成田の「暫定滑走路」の「くの字」型誘導路を直線化するとともに滑走
路を延長するために、国が「強制力を用いない」という成田の約束を反古にする危険性を感じざるを
得ません。そして、その「露払い」として、国は静岡空港の用地取得に県が強制力を用いることを認
めて世論の反応を窺うということも、十分考えられます。もし静岡について国交省の事業認定を許した
ら、次に来るのは成田における強制力行使の再開と思って間違いありません。


 国民経済を立ち直りのきかない地獄の底に叩き込むことを一層加速するムダな公共事業を、権力
が強制力を揮ってまで強行することは、民主主義を頭から踏みにじるものにほかなりません。私たち
は、静岡におけるこの悪逆非道に対しては、世論をバックにして、良識ある県民と全国の有志と共に、
世論が認めるあらゆる手段を尽くし全力を挙げて徹底的に抵抗し、断固としてその意図を粉砕する固
い決意であります。


 敵は県議会の意向などを土地収用の口実に使うことでしょう。しかし、私たちは長野県民の英知と勇
気を讃えます。彼らは脱ダム宣言を行った知事を圧倒的得票をもって再選することにより、一般住民
と県会議員どもとの間にどれほど大きい意識の隔たりがあるかということを、この上なく明確心証明し
ました。静岡においても、この隔たりは長野同様、あるいはそれ以上のものがあると推定するに難くあ
りません。


 私たちは、この静岡空港反対闘争の成功は、日本の民主主義の定着を試す試金石の一つと言って
過言ではないと信じます。そして私たちは、ここにお集りの皆さんがそれぞれの地域において、静岡空
港反対・土地収用阻止の輪をさらに拡げてくださることによって、私たち静岡の運動も必ず、滋賀、福
井、播磨などの勝利のあとに続くことができると信じます。切に皆さんの力強い連帯と御支援を希って
やまないものであります。


 こうして各地で反空港の運動を展開している私たちが目標とするところは、あるいは空港計画そのも
のの中止撤廃であり、あるいは航空機騒音の拡大阻止と問題の抜本的な解決であり、あるいは空港
の軍事利用の阻止でありと、それぞれに切実且つ緊急な課題であります。私たちがこれらを一本化し
た要求として行動に移していくことは容易ではありません。しかし、私たち反空港の運動を貫く共通項
があります。それは、航空機・空港問題において、上意下達の押し付けをもって、政治・行政と資本が
市民の安全と平和な生活を脅かす卑劣低劣、暴逆無道に対し、自由にして勇気ある市民として抵抗し
その廃絶を要求するということであります。


 私たちには何のしがらみもありません。私たちは敢然としてたたかいます。そして私たちには、絵空
事のバラ色の空港よりみずからの日々の生活と子孫を大事にする多くの市民の味方があります。ここ
に、皆さんと共に反空港運動における一層の奮闘を誓ってこの基調報告を終わります。